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私にとっての人狼の楽しみは何か・・・
と言う事を考えてみました
 
 
と言うことで久しぶりに放置からの復活です。
最近はずっと答えがないと思う事の答えを探していました。
これが私にとって最後の記事となります。


と言うことで人狼の何が楽しかったのか・・・
と最近というかここ4月位考えてました。

その結果認めざるを得なかった一つの結論が
「自分が想像もしなかった騙され方をした時」
と言ったモノが私の中で一番楽しい時だと気が付きました。


騙された・・・と言うことは自陣営としてはとしては負けている訳です。
そして騙されたと思うほど深く印象に残ってる以上、最後まで生き残っていたんだと思います。
つまり、「戦犯」と言う立場に自分が居るのでしょう。

思えば私の戦術は、基本的に数に任せて押すのではなく、
必ず最後の2択になるように進めていたように感じます。
つまり、正解のない2択と言うのが私にとっての人狼の本質だったのでしょう。


まあ何時ものように話がずれましたがようするに
「騙されることは戦犯ではなく、人狼で最高の快楽の一つだ」
と私は思います。


これについて答えの出ない2つのネタで最近ずっと頭の中でループしてました。
「自分が負けた相手を褒めるのは、勝敗に執着してないからではないか?」
「この勝利至上主義が、最近と言うには長い続わかめての空気ではないか?」

つまり現状の否定は「人狼のゲームとしての否定につながるのでは?」
と勝手に思い込んで悩んでいました。

過去を振り返れば私もネ実の人狼スレを元にわかめてで人狼をはじめ、そこでも
「とりあえず空気を楽しみたい vs ルールを厳密に守って勝負を楽しみたい」
と言った過程で争いがあり普通村に参加するようになっていたことを思い出しました。

・・・単なる歴史の繰り返しかなとふと思ってしまったわけです。
そこに至るまでの思考の過程も、思い入れの深さも全然違いますけどね。


まあようするに人狼はゲームとしては成熟を迎えたのかと感じるわけです。

所謂「上手だと思う相手」と言ったネタをとある村で話し合った時に
昔は「目立って村をリードできる人」
今は「目立たないけど、勝率の高い人」
となったのをみて非常に納得したことが原因ですが。

つまりゲームとしてのセオリーは完成してしまって、
その上で推理を楽しむゲームとなっている・・・
つまり勝率を求めるなら現状のセオリーを追うのがベストのゲームである。


またごたごたしてきたのでまとめると、人狼は
「ゲームとしてはすでに完成している
 今後斬新な戦術が出ても、それが新しいセオリーになるだけ」
と言うのが私の中での結論になったわけです。


人狼は楽しいゲームでした、人生でもここまではまったゲームは数少ないです。
・・・ただそれだけはまっただけに、私の中でも答えが出てしまいました。
「ゲームを楽しむ方法」はまだいくらでも探せると思います。
ただ私にとって「ゲームで楽しむ方法」が限定されてしまいました。


私にとって人狼の最高の楽しみは
「相手の想像を超えた騙し方をし、私が想像できない騙され方をする事」でした。
そしてこれが現状の主流ではなく、今後も主流にはならないと気が付いてしまいました。

・・・この発言こそが私の最高の嘘かもしれませんね。
まあそう言うことでこれで本当に私の人狼も終了です。


それでは皆様よい人狼を。
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