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後出しじゃんけんは負けちゃいけないと言うぷれっしゃーがきついと思います。
 

昔からよくあるネタですが最近の村は~と言う話を見かけます。

ちょうど1年くらい前に最近の傾向で述べたように、その原因はセオリーの違いによる違和感・・・とずっと思っていました。


面倒なので適当にログあさってくれと言って丸投げしますが、当時こうするべきだ・・・
と言う考えを、その記事の元となった某EDちんとまとめるだけまとめて、放置した過去があります。


その上で最近の傾向として、村で何かを教えられる人が居ないために、
普通村と戦績村の格差が出来る・・・
そしてその戦績村も参加村の数を重ねただけの人が増えた・・・
というわかめての低レベル化とよく言われる問題が最近の流行らしいです。


ここまでが長い前振りなので適当に読み飛ばしてくださいにゃ。



最近はもっぱらセオリーの標準化・・・と言うかまあぶっちゃけると
古いセオリーと新しいセオリーを比較しながら、その間に何があったかを
ちまちま過去ログ調べて一人でニヤニヤしておりました。

非常にざっくりですが、以下のような流れがあったように思えます。
視点がやたら狼に偏ってるのは趣味です。


役職全吊り時代
確実に最終日が来るように・・・と言う思考の元に村を進行する時代
詰み計算が出来ることが必須だった時代とも言う

第一次べーぐり時代
3-1の時どうすんべと考えていた人たちが村でべーぐりの話を聞いてみんな真似してた時代
合言葉は「狼はべーぐったなら責任もって狐探せ」

信頼勝負セオリー化時代
信頼勝負のセオリーが公表・・・何となくやってた騙りの基本を一般化した時代。
今のセオリーが完成した時代・・・と言い換えていいと思います。


この時点が、続わかめての基本的な戦術が完成した時代だと思います。
寂しいことですが、この当時からずっと現役で、人狼に
最前線で参加していた人は居ないと思います。

まあ私もこの頃から参加頻度が落ちているので、この後の流れは
ある程度偏ったイメージがあるかもしれません。
・・・この前も偏ってるってのはここだけの秘密です。


潜伏村役職世代
今まで非セオリーと呼ばれていた村人側役職の潜伏が認められた時代。
メリットのない潜伏は真しか出来ない・・・と言う誤解が広まった世代。
この時代の戦術は、短期では正解は出せないと思うにゃ。

きめうち世代
役職の信頼度を決めようにも、トータルの信頼勝負は狼が有利すぎる。
メリットのない行動をしたからって、だから真とはもう信じられない・・
ならば疑わしきは偽に決め打とう・・・と決め打った世代。

セオリー至上主義世代
人狼の勝率を上げることは村人での勝率を上げることがベストだ。
そのためにはセオリー通りの推理をし、それ以外の展開は諦めるのがベストである。
ノイズとなる初心者は要らない、戦績村こそがあるべき村であると思っている世代。

割と最近
みんなきめうちだし、狂人が占い騙って全潜伏か3-1でべーぐろうか。
詰み計算?いらないいらない。狐ケア?それより人外っぽいのつろーぜっ。


まあ狼視点なので、途中までさんざん持ち上げて、途中からとても落とした文章になっています。
別に最近の人はダメだなんて、老害のような事が言いたいわけではなく、
個人的には最近の村は高レベル化していると思っています。


何が言いたいのかというと、勝率を上げるためにどうすればいいのか・・・
と言う本質的な考え方が変化してきたことが村の低レベル化と感じる原因だと思います。
まあ相変わらず分かりにくいので、どのように変化していったかについて考えてみましょう。

太古は戦術がセオリー化されていませんでした。
うまいなあと思った人を真似て各自がセオリー化していった時代です。
つまり、未知の戦術を学ぶことが上達への道でした。

そしてだんだんと戦術がセオリー化されていきます。
私がやめた後ですが、潜伏占いが主流だった頃が、
最後に新しい戦術がセオリー化された時代だったと思います。


さてその後のお話です、新しい戦術が出ないのならば
既知の戦術の中から効率のいいものが選ばれていきます。
そこで活躍するのがwpa・・・そしてそれを基にした勝率計算です。

データは残酷です、勝率を上げるためにはどうすればいいか・・・
そしてその為にはどう行動すれば良いかがデータからはじき出されます。

こうして、新しい戦術を求めるより、既知の戦術の無駄を捨てていく
つまりセオリーの一般化が行われていくわけです。


そして生み出されたのが現在の状況。
戦術を広げていった人達は、きめうちに嫌気がさし参加をとりやめ、
勝率にこだわる人達は、そのセオリーを知らない初心者を嫌い戦績村に篭る・・・と。

個人的には人狼は推理ゲームであり、戦術には限界がある以上、現状は予想された状況だと思っています。
将棋や麻雀が運何割実力何割・・・と言われるように、人狼にも一定の比率があると思います。


現状の続わかめては、出来る限り運の要素を排除し、その上で実力を伸ばしたい人がコアなメンツだと思います。
言い換えれば、セオリーをより狭く、正確にしようとしている人達が主流です。

そして初心者とはその対極にあり、無限の可能性を秘めた人達だと思います。
今自分が想像すら出来ないセオリーを今後作り出す人が今日の初心者にいるかもしれません。

そしてセオリーを追い求める中で、最初に捨てた詰み計算が見直されている時代でもあります。


数年ぶりに復帰していますが、別に普通村のレベルが下がったとは感じません。
むしろ上がってすらいると日々感じています。
ほとんどの村で、(それぞれの)勝利を目指し正しい手順をアピールしていきます。


人狼の未来はこのまま収束していきやがて消えてしまうのか
それとも最後に大きな花火を咲かせて華麗に散るのか。

・・・予断ですが私は椿の花が一番好きな歌です。
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