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2007.06.04 狐の存在意義
昔々の事にゃ、続わかめてが出来てすぐの頃のお話。
配役の変更を行うと公式アナウンスがあって
色々な所で議論が起きた時代があったにゃ。

その時の配役が↓今の狐増えるにゃりね
人  村 狼 占 霊 狂 狩 共 狐
16  5  3  1  1  1  1  1  1
17  6  3  1  1  1  1  1  1
18  7  3  1  1  1  1  1  1
以下略、詳しい配役は↓でも参照どうぞにゃ
~ 管理人の新ルールを討論しながら普通村 ~ 1664番地
http://jinrou.dip.jp/~jinrou/kako/1664.html

この騒動の時に狐は何の為に存在するのか?
と言うことについて真剣に考えてみた。

基本ルールの配役を見る限り、狐と言うのは
「村人チーム」「人狼チーム」「妖狐チーム」
と言う第三勢力と位置付けられている。

だが実際にはとても第三勢力と呼べるほどの力は無い。
騙ったとしても3/13の初日役職に賭けないといけないし
騙らなければ呪殺か噛まれて組織票を待つだけである。

しかし、村人も狼も常に狐には最大の注意を払う。
この本人と周りの温度差は何だろう・・・
そう考えたときに1つの結論に達した。

狐とはノイズである・・・死んでしまえば誰の記憶にも残らない。
狼にとっては即真占い噛みを躊躇させる存在。
村人にとっては狼を追い込みすぎる事を妨げる存在。

信頼勝負に負けている真に呪殺で一発逆転をさせれば
ラス狼が狐噛みから引き分け工作をさせる事もできる。
強きを挫き弱きを救う存在・・・流石に言いすぎにゃ。

だから私は狐の時にほとんど騙らないし
●を出されると素直に狐COする事にしている。
狐で勝ったりするとなんとなく申し訳ない気持ちになる。

これがチームにとって勝利を目指した行動とは思ってない。
ただし人狼と言うゲームの中での役割を考えた時
狐は狐として生き、狐として死んでいくのが最も美しいと思うにゃ。
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